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仙台高等裁判所 昭和63年(ネ)33号 判決 1990年1月29日

控訴人 早坂昴

右訴訟代理人弁護士 吉田幸彦

被控訴人 菊地たか子

被控訴人 菊地仁悦

右両名訴訟代理人弁護士 松浦正明

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  (主位的に)

控訴人と被控訴人らとの間において、控訴人が別紙目録(一)記載の土地につき同目録(二)記載の土地のために通行地役権を有することを確認する。

(予備的に)

控訴人と被控訴人らとの間において、控訴人が同目録(一)記載の土地につき使用貸借契約に基づく通行権を有することを確認する。

3  被控訴人らは控訴人に対し、別紙図面表示ロ、ロ’、ハ’、ハ、ホ、ヘ、ト、ロの各点を順次結ぶ直線によって囲まれる土地上に存するブロック塀を撤去せよ。

4  被控訴人らは、別紙目録(一)記載の土地上に工作物を設置し、その他の物品を置くなどして、控訴人が右土地を通行することを妨害してはならない。

5  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  控訴人は、昭和四九年五月二二日に菊地正己から別紙目録(二)記載の土地(以下「一四番六九の土地」という。)を買い受けた。

(一) (主位的)

控訴人は、その際、正己から一四番六九の土地のため正己の所有する仙台市若林区南小泉一丁目一四番七一宅地三六六・五三平方メートル(以下「一四番七一の土地」という。)のうち、一四番六九の土地の北側に隣接する別紙目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)につき通行地役権の設定を受けた。

(二) (予備的)

(1)  控訴人は右買受けに際し、正己から通行の用に供するため本件土地を無償で借り受けた。

(2)  正己は昭和五〇年八月一〇日死亡したが、その相続人は、妻の被控訴人たか子及び長男の被控訴人仁悦である。

(三) (三次的)

仙台市長は、昭和三五年二月二五日正己の申請に基づき正己の所有にかかる分筆前の仙台市南小泉一丁目一四番三宅地一〇九一・三七メートル(以下「旧一四番三の土地」という。)の一部につき建築基準法四二条一項五号の道路位置指定処分をしたが、本件土地中、東側約三分の二は右指定された土地の範囲に含まれ、以来自由に一般の通行の用に供されてきたから、控訴人も右部分につき通行の権利ないし利益を有する。

2  しかるに、被控訴人らは前記地役権、通行権等を否認し、本件土地の南端で一四番六九の土地に接続する部分に別紙図面表示のとおりブロック塀を設置して控訴人の通行を妨害し、かつ将来も本件土地に工作物を設置するなどして控訴人の通行を妨害するおそれがある。

3  よって、控訴人は被控訴人らとの間で、控訴人が本件土地につき主位的に通行地役権を、予備的に使用貸借契約に基づく通行権を有することの確認を求めるとともに、これらの通行権、更には道路位置指定を受けた道路の自由通行権に基づき、被控訴人らに対し、被控訴人らが設置した前記ブロック塀の撤去と将来にわたる本件土地についての通行妨害禁止を求める。

二  請求の原因事実に対する認否

1  請求の原因1の冒頭の事実(土地売買)は認める。

2  同1の(一)及び同1の(二)の(1) は否認する。同1の(二)の(2) は認める。

3  同1の(三)のうち、正己の申請により控訴人主張の日にその主張のとおりの道路位置指定処分のなされたことは認めるが、右位置指定のなされた土地の範囲に本件土地の一部が含まれるとの点は否認する。

4  同2のうち、被控訴人らが控訴人の本件土地に対する通行権を争っていること、被控訴人らが控訴人主張の位置にブロック塀を設置したことは認めるが、その余は争う。

三  仮定抗弁(相続放棄、対抗力の欠如)

1  被控訴人らは、いずれも昭和五〇年一一月一三日相続放棄の申述を受理された。

2  被控訴人たか子は本件土地を含む一四番七一の土地の所有権を正己から昭和四九年八月二〇日贈与を受けたものであるところ、控訴人は本件土地の通行地役権の登記を欠いている。

四  抗弁事実に対する認否

1  抗弁1は不知。

2  同2は認める。

五  仮定的再抗弁(背信的悪意者、権利濫用)

被控訴人らは、正己が控訴人のために本件土地につき通行地役権を設定し、又は通行のための使用貸借契約を結んでいることを知悉しながら、控訴人の通行を阻止する目的で、被控訴人たか子において正己から本件土地を含む一四番七一の土地の贈与を受けたもので、背信的であり、右使用貸人の地位の承継を否定し、控訴人の通行を妨害することは権利の濫用で許されない。

六  再抗弁事実に対する認否

被控訴人たか子が本件土地を含む一四番七一の土地を正己から贈与を受けたことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠関係<省略>

理由

(争いのない事実)

一  控訴人が昭和四九年五月二二日正己から一四番六九の土地を買い受けたこと。被控訴人たか子が正己の妻で、被控訴人仁悦が正己の子であり、正己の相続人は被控訴人両名であること、正己が昭和五〇年八月一〇日死亡したこと、昭和三五年二月二五日正己の所有にかかる旧一四番三の土地の一部につき正己の申請に基づき道路位置指定の処分がなされたこと、被控訴人らが控訴人の本件土地に対する通行権を否定し、本件土地の南端で一四番六九の土地に接続する部分に別紙図面表示のとおりのブロック塀を設置したこと、昭和四九年八月二〇日被控訴人たか子が夫正己から一四番七一の土地の生前贈与を受けたこと、以上は当事者間に争いがない。

(通行地役権の設定契約及び通行のための土地使用貸借契約の不存在)

二 原審証人砂金美忠の証言には控訴人の主張に添うところがあるが、証言自体曖昧で右主張事実を認めさせるものではないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

もっとも、後に認定するように本件土地の東側半分に当たる範囲には正己の申請に基づく道路位置指定がなされているけれども、だからといって、正己において控訴人のために本件土地につき右通行権を設定したとまでは推認できないし、控訴人の主張を裏付けるものであるとするわけにもいかない。

(地役権及び使用借権による請求の失当なこと)

三 したがって、控訴人が正己との間で地役権設定契約又は使用貸借契約を締結したことを前提とした本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。

(本件土地の一部が道路位置指定処分の対象に含まれること)

四 <証拠>によれば、正己は、昭和三五年頃その所有にかかる旧一四番三の土地上に居宅と貸家を建築するため、旧一四番三の土地の一部につき道路位置指定を申請し、仙台市長によって、同年二月二五日旧一四番三の土地の一部につき幅員四メートル、延長四〇・七五メートルの道路位置指定の処分がなされたが、正己はその頃、右道路を挟んでその両側の土地(分筆後の一四番六七ないし同番七〇に相当する。)及びその奥の土地に居宅一棟と貸家六軒を建て、奥の土地すなわち分筆後の一四番七一の土地に相当する部分には、その北側に居宅を、その南側で分筆後の一四番六九の土地の西側に当たる部分に貸家(現在被控訴人仁悦の居宅)を建てた。その後、正己は借財整理のため右の各貸家を敷地とともに売却処分にすることとして、まず昭和四八年一二月三日、旧一四番三の土地から一四番六七の土地(一四番六九の土地の東側)を分筆した上、同年一二月一二日地上建物(二棟)とともにこれを若山千秋外一名に売り渡し、さらに昭和四九年六月一二日には、旧一四番三の土地から一四番六八及び一四番六九の各土地を分筆した上、それぞれ地上建物とともに、一四番六八の土地を小出厚に、一四番六九の土地を控訴人に売り渡し、昭和四九年八月二〇日、右処分の結果残された旧一四番三の土地から一四番七〇及び同番七一の二筆を分筆の上、同番七〇の土地は被控訴人仁悦に、同番七一の土地を被控訴人たか子にそれぞれ贈与した(なお、一四番三の土地は、昭和四〇年七月一日地目変更されて公衆用道路となっている)ことが認められ、これに反する証拠はない。

右によると、ごく控え目にみても、本件土地の東側半分の範囲は右指定された道路の一部に含まれているものと認めるのが相当である。

(道路位置指定のあった道路の自由通行権)

五 建築基準法四二条一項五号に基づく道路位置指定による当該土地に対する私人の通行利用は、公益上の要請からなされる道路位置指定という行政処分による反射的利益であって、これによって直ちに私人が右土地について私法上の権利を取得するものではないが、右のような利益といえどもそれが私人の日常生活にとって必須のものである限りはこれを法的に権利として保護すべきものであって、特定の個人が同道路の日常生活上必須な自由通行を妨害されたときは不法行為となり、妨害が継続する場合はその排除を求め、かつ妨害のおそれある場合には予防上必要な措置を求めることができるものと解すべきである。

(本件土地の日常通行の必要がないこと)

六 前掲検証の結果と当審における控訴人本人尋問の結果及び被控訴人仁悦本人尋問の結果(一部)によれば、以前本件土地の南端で一四番六九の土地に接続する部分には東西に低い木の塀が設置され(なお、その東端の位置は明らかではない。)、一四番六九の土地への出入りは、この木の塀と東側の土地(一四番六七の土地)に設置されているブロック塀の間からなされていたが、被控訴人らは昭和五四年秋頃になって、本件土地を含む一四番七一の土地と一四番六九の土地との境界を明らかにし、かつ本件土地の管理を目的として、右の木の塀に代えて、これをやや東側に延長した位置にまで本件ブロック塀を設置したため、控訴人の一四番六九の土地から本件土地の道路指定を受けた部分を通じての出入りができなくなり、一四番六九の土地への出入りが従前よりかなり制約されることにはなったが、なお一四番六九の土地は一四番三の公衆用道路(私道)と二メートル幅で接しており(建築基準法四三条一項の要件を充足。)その出入りに重大な支障はなく、本件土地のうち道路指定を受けた部分については控訴人の一四番六九の土地に日常出入りするにつき格別必要不可欠の土地であるとはいえないことが認められる。

(自由通行権妨害排除、同予防請求の失当なこと)

七 そうすると、本件ブロック塀の設置によって控訴人は本件土地(厳密には、その東側の一部)の通行ができなくなったが、それによって被る影響は一四番六九の土地への出入りが多少不便になったというだけで、それ以上のものではないから、本件ブロック塀の設置が、本件土地のうち右道路指定部分の控訴人の日常生活上必須な自由通行を妨害するものであるとは認められないし、又被控訴人らが右以上に控訴人の通行を妨害するおそれがあるものとも認められない。

以上のとおりであるから、控訴人は被控訴人らに対し、本件土地に対する自由通行権に基づく本件ブロック塀の撤去請求及び工作物等設置禁止による妨害予防請求はいずれも理由がない。

(結論)

八 よって、控訴人の本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきところ、理由は異なるが、結論において同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三井喜彦 裁判官 武藤冬士己 裁判官 松本朝光)

別紙<省略>

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